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あさのは

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「○○って言うんだよ」→「○○って言いたかったんだよね」


こどもが自分の気持ちを言葉で言う・言えるようになることは、とても大事だと思っているので、そこんとこはちょっと重要視していた。

でも全然言えない。

例えばジュースをおかわりしたいとき。
空になったコップを無言で出してくるだけ。
いやいやいや亭主関白かよ。
「おかわりちょうだい」って言えよ。
わかるけど、わかるけど。察することはできる範囲やけど。
気持ちを言葉で言えるようになってほしいよ。

そういうときに私は「おかわりって言うんやで」と言っておかわりをあげていた。
それで少しずつ言えるようになる、正しい関わりやと思ってたんやけど。
なんか今日、間違ってるんじゃないかと思った。

靴がはけなくてグズグズしてる次女に

(あー履かしてほしいんやなー履かしてって言えるかな〜言えよ言えよ〜)

と心で思って、ハタから見たら無視のような状態が続いてた。
それでも「履かせて」とは言えない次女。
たまらず「履かせてほしいの?履かせてって言うんやで」とちょっと強めに言ったら、次女がポロリと泣いた。

もしかして到底無理なことを要求してるのではと思った。
つまり「自分の気持ちを」「言葉に変換して言う」ということが5才や3才の子には発達上まだまだ無理なことなんじゃないかと。


幼稚園の先生にさっそく聞いてみた。
こういうときはプロに頼るしかないっしょ。

【以下、先生のこたえを私なりに解釈したもの】

・発達上無理ということはないが、
単に恥ずかしさなどの「気持ち」の面や、
幼いためにすぐに適切な言葉に変換できないなど、いろいろな理由でそれが出来ないことはあるであろう。

・そういうときの関わり方は「○○って言うんだよ」ではなく、「○○って言いたかったんだよね」「○○してほしかったんだよね」
・「○○って言うんだよ」だと「そう言えない自分はダメな子」ってなっちゃう。

・靴が履けなくて玄関でぐずぐずしているなら、「履かせて」って言うのを待つのではなく「履かせてほしいねんな〜」と言って履かせてしまえばいい。そうしているうちに自分で「履かせて」って言えるようになる。手を出すことで自分で靴を履く気力?能力?が削がれるのでは?→自分でやりたくなったら自分で履かせればいい。そのときは手を出さず、左右が間違っててもよしとする!



★ ★

「○○って言うねんで」はなかなかこっちの気持ちもギスギスするみたいで、言ってるうちに威圧的になる自分を感じていたところだったので(上司と部下みたいになるから)この先生の話は「あ〜もっと子どもに手を出してもいいんやな」という安心感はあったのです。

でも、腑に落ちないところもあって、やっぱ「そんな先回りして手を出してもいいの??」っていう思いはある。
親切と過干渉・過保護の違いはやっぱわからん。
普通に、自分が人にしてもらって嬉しいことは、こどもにもやってあげるべき?
こどもにそんな大人になってほしいのであれば、その手本を見せるべきやもんな?
コンビニのドアを次の人が来るまで開けておいてあげるのは「親切」で
幼稚園の荷物をぜんぶまとめてあげるのは親切じゃなくて「過保護」?
その線引きってなんなんやろう。
相手のためにやってあげるっていう思いは同じやけど、後者は本当は相手のためにならないんだよ的な?


眠たくなってきたので答えは出ません。
なんかもっとシンプルでいい気がするんやけど…




by asano_ha | 2018-01-29 23:10 | 子育て
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